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アナリーゼと長文読解問題は似ている?


昨今、国際コンクールではアナリーゼが出来ているピアニストが多く上位入賞しています。それを顕著に感じたのは昨年度ショパン国際コンクールでした。日本でも最近アナリーゼの必要性が論じられるようになり、真剣に取り組む方も増えてきたようです。アナリーゼとは、「楽譜に書かれてあること」をより客観的に読み取るための楽曲分析。感性だけでなく、「楽曲全体はどういう構造なのか」「このフレーズにはどういう意味があるのか「なぜこう感じるのか?」という根拠を解明したり、「なぜ作曲家はこういう手法をとったのか」というのを論理的に読み解いていく過程で、作曲家の特徴も浮き彫りになっていきます。このプロセスは、国語の長文読解問題と似ていますね。そういえば高校時代にお世話になっていた大学受験ラジオ講座で、凄腕の現代文の先生がいました(出口汪先生)。懐かしい・・!出口先生の読解方法は常に論理的かつ明快。「答えは全て文章の中にあります、感覚だけで何となく読まないこと。論理を踏まえれば必ず答えが見つかります」とよく仰ってました。確かに一文一文、一語一語を丁寧に追っていくと、作者の意図が然るべき場所に表れている。それが詳らかにされる過程が面白く、30分のラジオ講義は毎回あっという間でした。塾には行ってなかったので、このラジオ講座は高校の授業の補強教材として大変ありがたい存在でした。ちなみに出口先生は今、現代文のカリスマと呼ばれているらしいです。(論理エンジン) 脱線しましたが、音楽でもよく「作曲家が言いたいことは全て楽譜の中に書かれている、それを読み取りなさい」と言われます。それを読み解く過程がアナリーゼであり、その結果、「自分はこの曲(文脈)をこう解釈した」という一貫性が必然的に生まれてきます。 耳の記憶や感覚だけで捉える演奏は、一貫性や必然性に欠けることがあります。一方で、いかに個性的でも、アナリーゼがなされた上で自分の感覚と結びつけている演奏には説得力があります。アナリーゼの必然性は今後もっと高まるだろうと思います。

#音楽教育

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