●なぜ今、聴く力なのか?

”聴く力”とは、世界をひらく扉。聴覚を通して認識したものが、その人にとっての「世界」となります。聴覚には、空間全体を把握する力、時間経過を把握する力、情動をともなって物事を認識・記憶する力があります。それは世界にコミットしたり、新しい世界を創っていく力にもなります。​五感による知覚の割合は、視覚8割以上に対して、聴覚は1割ほどしか使われていません。まだまだ聴覚には潜在能力が眠っているはずです。

●聴覚を通して認識したものが、その人の「世界」に

実は人間には「すべての音が聞こえている」、つまり聴覚はすべての音を受容しています。しかしそれを意味あるものとして認識しなければ、聴こえていないのと同じになります。人間は視覚が優位になりがちなため、聴覚が得ている情報は膨大ながらスルーされることも多いのです。しかし人は、自分が重要だと認知している物事に関しては、どんなに小さな音でも拾います(カクテルパーティー効果)。

どの音を重要だと認識するかは、小さい頃の音環境によってある程度作られます。この「何をどう聴けばいいのか」は教育の原点。どのような言葉や音を聞いて育つかはとても大事なのです。音楽の場合は、それが身体や楽器を通して音として現れます。この気づきをまとめたのが、オンライン連載「耳をひらく~グローバル時代の聴力」です。世界の主要国際コンクールや音楽祭を取材したり、海外の音楽教育を視察・調査した成果をまとめたものです。これを踏まえながら、現在、音楽を活かしながら耳をひらく教材を開発しています。

1. ​音楽で身体知を高める

 

音楽でできる3つの学び

~音楽で学ぶとは~

 
Image by Peter Thomas

2.音楽で人間や世界を知る

●今、なぜリベラルアーツなのか?

​​今、社会ではリベラルアーツの学びが広まっています。なぜでしょうか?リベラルアーツの起源は古代ギリシアに遡ります。哲学者プラトンが設立した学園アカデメイアでは、音楽を含む教養科目が教えられていました。​​この課目は古代ローマ帝国へ引き継がれますが、帝国が滅亡し、新たな世界秩序が構築されていくなかで、「何を教養として学ぶべきか」の議論が重ねられ、紀元6世紀ごろに課目数が収斂・定着していきました。それが自由七科と言われ、その一つとして音楽(理論)も学ばれました。新しい考え方や世界観が登場し、既存の価値観だけでは通用しない状況になると、人は誰でも「真理は何か、時代が変わっても通じる価値観はなにか」を知りたくなるのかもしれません。今も同じような状況ですね。​音楽は世界の真理へつながる糸口としての役割を担い、その後カトリック系修道院、中世の大学が継承し、さらに世界中へと広まっていきました。

​●未来世代に活かしたい「音楽で学ぶ」教育

現在は、音楽の学び方も多様になりました。筆者はそれらを3つの流れに分類し、古代ギリシアを起源とする「音楽も学ぶ(リベラルアーツ)」、17世紀頃に生まれた「音楽を学ぶ(専門教育)」、21世紀に広まりつつある「音楽で学ぶ(未来型人材教育)」、としています(詳しい歴史的経緯は、拙著『ハーバード大学は「音楽」で人を育てる』をご覧ください)。

なかでも「音楽で学ぶ」は最近米英に見られる傾向ですが、音楽を通して創造力や探求力を学んだり、音楽を人文学的、学際的に学ぶ方法で、日本でも未来世代の教育に活かせるものと期待しています。それを綴ったのが『未来の人材は「音楽」で育てる』です。

音楽は広い世界とつながっています。音楽はまた深い内的世界ともつながっています。時代の節目を迎えた今、思考を自由に広げ、より広く、深い世界とつながっていくこと。大きく広がった想像力は、創造力へと発展していくでしょう。

 

3.音楽で創造力を高める

●予測不能な時代、一人一人が創り手に

現代はVUCAの時代、つまり複雑で不確定な時代といわれます。そんな時代に求められているのは、普遍的な価値観を身につける力や、自ら新しい環境を創造していく力。ソロで活動するアーティストやフリーランサーだけでなく、企業で働く社会人にもそのような力が求められてきています。実際アメリカや国内の企業では、社員の自発的なパフォーマンスを高めるため、企業内大学の設置や、組織内部署の壁を取り払ったコミュニケーションの活性化などが広まっているようです。つまりトップダウンではなく、社員一人一人の創造力を引き出すことが、結果として事業全体のボトムアップにつながるという考え方です。​

ではどうやって創造力を引き出すことができるでしょうか?

●創造力の源泉は?人間の本能と結びつく聴覚

まず、創造力の源泉に立ち戻ってみるのはいかがでしょうか。実は「根源的な欲求や情動を感じる」ことが鍵になると考えています。「いま、社会で何が求められるているのか」を考える時、まず原点に立ち戻り、フラットな状態でこの問いに向き合ってみることで、新たに気づくことがあるでしょう。聴覚は人間の本能と結びついています。また実業家や経営者の脳は、聴覚が発達していると言います(加藤俊徳『男の子は「脳の聞く力」を育てなさい』)。自分の感覚に対して繊細に耳を傾けることは、他者の感覚や欲求を感知したり、世界や自然の動きを感じとることにもつながります。

同時に、視野を広げることも大事。自分とは異なる分野や世界にヒントを求めたり、自分の分野を広い視点から俯瞰することで新たなヴィジョンに気づくこともあるかもしれません。ここにリベラルアーツの学びが効いてきます。そうしてアイディアの断片を拾い上げ、集約し、輪郭を与え、今まで培った思考力や技法を活かしながら具現化していきます。

●創造の第一歩は「自分ならどうするか?」

創造といっても様々な形があります。芸術でいえば、作曲する、詩を書く、絵を描く、デザインする、などが思い浮かびますがそれだけではありません。たとえば、楽曲に込められた理念や意図を理解した上で、その世界観を伝えるプログラムを構成したり演奏するのも(再)創造といえるでしょう。「なぜ自分はそう考えるのか?」を考える時、自ずと創造的思考になっているはずです(拙著『未来の人材は「音楽」で育てる』では、大作曲家によるさまざまな創造のプロセスを紹介しています)

また、主体的に自分の道を切り拓くこと、新しい環境や世界観を創り出すこと、今より少しでも良い未来のヴィジョンを描くこと、それを具現化する方法を考えること、すでにあるものを活かしたり組み合わせることで問題解決すること、なども創造です。

創造とは拡散的思考と収束的思考の繰り返しによって生まれると言われますが、想像を膨らませた上で、「自分ならばどう考え、表現するのか」と自分軸に戻ってくることが、創造への一歩を進めてくれるでしょう。